原油価格持ち直しの陰で進行する諸事態

 日本経済新聞は、五月一二日に、「薄曇りの世界景気」と題する連載記事の第一回「米、意外な「ぬかるみ」」の冒頭で、次のように報じた。
 ――シェールオイルのブームに沸いた米南部テキサス州の景気が暗転している。
 「資金繰りが悪化した」。4月30日、原油開発のERGリソーシズがダラス破産裁判所に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した。同州では今年、少なくとも5つの大手シェール企業が経営に行き詰った。
 一時1バレル40ドル台まで下落した原油価格は、足元で60ドル前後まで戻している。しかし、シェール企業の多くは原油価格が100ドルを超えていたときに事業計画を立てた。予定していた収益が見込めない状況は変わらず、銀行は救済のつなぎ融資に応じようとしない。
 テキサス州の雇用者数は3月に前月比2万5400人減った。減少は54カ月ぶり。米国内総生産(GDP)の9%を占める同州が「景気後退局面に入る恐れがある」(JPモルガンのマイケル・フェローリ氏)。――
 シェール企業の経営の破綻や行き詰まりについては、これ以上は書いてくれてはいない。がしかし、この文面だけでも、その深刻さがうかがえる。
 ブルームバーグは、5月21日に、「「シェール富豪」ら襲う米石油・ガス掘削会社破綻の波」と題して、次のように報道した。
 ――米エネルギーブームの最盛期に、米テキサス州在住の土地所有者ジョン・ビーンさんは敷地内で操業する複数の石油・天然ガス生産会社から1カ月当たり計約10万ドル(約1200万円)の使用料収入を得ていた。
 いまでは各社からの受領額はかなり少なくなっている。そして、毎日郵便受けを開ける時、また企業の破産通知書が配達されているのではないかと不安になる。原油価格が下落する中で、ビーンさんに小切手を送ってくる企業のうち、これまでに4社が負債に耐えられず、会社更生法の適用を申請した。
 「さらに10通の破産通知書が来ると思うと泣きたい気持ちになる」。1万エーカーの土地と他の場所での採掘権を保有するビーンさん(67)はそう語る。
 原油価格は3月に1バレル=44ドルの底値を付けた後、上昇。コスト削減と経営効率の改善によって価格下落の影響を補える体力の強い企業は幾分安堵(あんど)している。しかし、多くのより規模が小さく保有現金の少ない企業にとって、現行の約60ドルの価格水準は依然として経営継続には不十分だ。ブームの最盛期には価格は100ドルを上回っていた。
 ブルームバーグが集計したデータによれば、ここ数カ月間に少なくとも12社が会社更生法の適用を申請。10社余りがデフォルト(債務不履行)に陥るか、投資家に対し今後の経営が困難になるとの見通しを示している。
 このため、私有地と採掘権の保有者らに衝撃が走っている。…… ――
 三月時点では、テキサス州に本拠を置いてシェールオイル・ガスの掘削事業をおこなっていた大手エネルギー企業クイックシルバー・リソーシズが、複数の子会社を含めて破産を申請した、と報じられていた。資産が一二億ドルであったのにたいして、負債総額が二三億五〇〇〇万ドルに膨れ上がった、ということであった。そのときには、破産を申請した企業として、デューンエナジーやBPGリソースの名も挙がっていた。これらの諸企業も、集計されたデータのなかに入っているのであろう。
 この間、原油価格が持ち直してきたことの基礎には、エネルギー諸企業のこうした破産が、つまり当該産業部門の諸企業の淘汰がある、といえる。それとともにまた、シェールオイル・ガス採掘企業、およびこうした諸企業に資金を貸し付けたりその債権を買ったりしている金融諸機関に胚胎してきている問題には、シェール層を掘削するということに規定された独自的なもの・固有のものがあることをみなければならない。
 アメリカのエネルギー省が四月二九日に発表した石油在庫統計によれば、二四日までの週のオクラホマ州クッシング(WTI原油先物の受け渡し地点)の原油在庫は、二〇一四年一一月二八日以来初めて減少した(五一・四万バレル減少して六一七〇万バレル。タンクの貯蔵能力は七〇八〇万バレル)、とされた。
 アメリカの石油掘削装置(リグ)の稼働数は、前週比三一基減の七〇三基というように、二〇一〇年以来の低水準となった。リグの稼働数のこうした減少によって、ようやくアメリカでの原油生産も頭打ちとなった、とされた。
 このとき同時に、「フラックログ」といわれる問題が着目されだした。フラックログとは、水圧破砕法によって採掘される予定のオイル・ガス井の数をさす。ブルームバーグ・インテリジェンスの分析によれば、その数が過去一年で三倍に増加しており、テキサス州やペンシルバニア州で操業する企業は、四七三一本の油井を掘削したが生産をいまだ開始しておらず、日量三二・二万バレルの原油(リビアの日量原油生産量に匹敵)が地下に眠ったままとなっている(「ブルームバーグ」二〇一五年四月二四日付)、という。諸企業は、これだけの油井にかんして、水圧破砕によって生産を開始する直前の段階で、原油価格が上昇するのを待っているのである。
 ところで、経営を維持しているシェールオイル生産企業は、「価格ヘッジ」をかけていることが多い。いま生産している原油やこれから先に生産する予定の原油にかんして、先物としてのこの原油の価格が八〇~九〇ドルであった時点において、その原油をこの価格で販売するヘッジ契約を結んでいた、というばあいがそれである。そうであるかぎり、当該企業は、損はしない。生産を継続することをとおして利益を生みだすことができるのである。その代わりに、このヘッジ契約を結んでいた相手の金融機関ないし企業は多大な損失をこうむったのである。
 けれども、生産企業にとって有利なこうした水準の価格のヘッジ契約は、二〇一五年から一六年にかけて生産する予定のものでもってほとんど終わりとなってしまうのであり、こうした諸企業もここで命脈が尽きてしまうのである。
 原油先物を買いこんでいたのであれ、ハイリスク=ハイリターンのかたちで融資していたのであれ、ジャンク債に投資していたのであれ、あるいはまたこうしたローンや債券を組みこんだ証券に手をだしていたのであれ、シェールオイルにかかわるもろもろの市場に資金を、しかもレバレッジをかけるかたちで資金を投入してきた金融機関、諸企業、そして投機家たち。彼らが抱えこんでいるところのものは、すでに壊死していっているのであり、破産したオイル諸企業に直接に融資ないし投資していたかぎりにおいて、それが不良債権と化したことを、彼らは自覚したにすぎないのである。
                           二〇一五年五月二五日