二〇一五年冒頭、株価の下落が始まった――株価という面でのバブルの破裂

 二〇一五年一月五日、株価の劇的な下落が始まった。
 この日、ニューヨーク原油先物市場では、テキサス産軽質油(WTI)の二月渡し価格が一時、一バレル=五〇ドル割れの、四九・六八ドルにまで下落した(終値は前週末比二・六五ドル安の一バレル=五〇・〇四ドル)。これをうけて、ニューヨーク株式市場では、エクソンモービルなどのエネルギー株や金融株が売られ、ダウ平均株価(三〇種)は前週末比三三一・三四ドル安の一万七五〇一・六五ドルで取引を終えた。ドイツやイギリスなどのヨーロッパ市場でも、主要な株価指数は二~三%程度の大幅な下落となった。つづく六日の東京株式市場では、日経平均株価(二二五種)の終値が前日比五二五円安の一万六八八三円にまで下落した。これは昨年末から四営業日連続の下落であり、この間の下げ幅は九〇〇円を超えた。
 翌日になってもこの動きは止まらなかった。六日のニューヨーク原油先物市場では、WTIの二月渡し価格は、前日終値比二・一一ドル安の一バレル=四七・九三ドルと約五年八か月ぶりの安値にまで下落して取引を終えた。これと連動して、株式市場では、ダウ平均株価は前日比一三〇・〇一ドル安の一万七三七一・六四ドルの終値となった。
 原油価格のこの急激な下落は、金融諸独占体やヘッジファンドやその他の投機家たちが原油先物市場から投機資金を一斉に引き上げていることをしめしている。そしてその下落分だけ、資金が消失したことを意味する。個々の企業や投機家、つまり、メジャーや独立系のシェールオイル生産企業や機関投資家やまた個人投資家が、たとえさまざまなかたちでヘッジをかけ、損失を回避する策を弄したのだとしても、そして彼らのなかの一部の者は利益をさえ得たのだとしても、彼ら総体としては、原油価格の下落分だけ投機資金を失ったのである。したがって、原油価格のこの下落は、原油価格という面(=原油先物取引という投機の場面)において、シェールガス・オイルの生産への資金の大量投下を動因とする今回の金融的バブルが破裂したことを意味するのである。すなわち、この下落分だけ、信用が収縮した、ということなのである。
 付言するならば、金融的バブルというもののからくりに、いま全世界において貧困が蔓延していることのゆえんがある。投機家たちの手にある金融的資産がいくら増大したとしても、日々の生活におわれる労働者・勤労大衆に必要な生活必需品が増えるわけではないのである。日本で、アメリカで、EU諸国で、ロシアで、中国で、インドで、アフリカ諸国で、世界のあらゆる国々で、極貧層がどんどん増大していることの、あるいはまた子供を産めない人たちや結婚さえできない人たちが増えつづけていることの、そして孤独死や孤立死や餓死が多くなっていることの、さらにはエボラ出血熱が拡大しても有効な手をうてないことの、理由はここにある。金融的諸商品の取引が、あるいはまた諸商品体の先物取引や卸売りというかたちでの売買が、そしてインターネット上での情報の売り買いなどが増大するならば、それはGDP(国内総生産)が拡大したこととして集計され記録されるのである。だが、そんなものは、民衆が食えるわけでも着られるわけでも住めるわけでもない。ましてや、あらたな病気を治す薬たりうるわけではない。しかも、金融的資産は、独占資本家どもや投機家たちの手中においてさえ、投機的に運用されるかぎりにおいて増えつづけるのであり、それは、投機の波が退潮に転じるならばたちまちはじけて消えてしまうバブルなのである。彼らは、莫大なその資産のほんの一部を使って、束の間の・民衆とはかけ離れた享楽を享受しているのであり、彼らの日常は投機の奴隷なのである。彼らは、金融的資産というかたちをとったところの、自己運動する資本、その人格化された形態をなすにすぎない。いまや世界を制覇した、資本制生産様式の今日的形態は、彼らの支配のもとで、労働者・勤労大衆をつぎつぎと極貧層につき落とすことによってのみ成り立っているのである。極悪のこの政治経済体制は、資本の過剰(労働力にたいしての資本の過剰)が一挙的に露呈するのを回避するために、慢性的に・民衆から彼らに必要な生活物資と生活時間をあらゆるかたちで奪い取っているのであり、そうしておいたうえで、金融的資産というバブルをふくらませることをとおして――そしてふくれあがったバブルを破裂させ次のバブルを準備することをとおして――、あたかも経済が成長しているかのような仮構をつくりあげているのである。
 この日の原油価格の下落は、ロシアの二〇一四年の原油生産量がソ連崩壊後で最高であったことが明らかになったことや、サウジアラビアが二月積みのヨーロッパ向け原油価格を大幅に(一バレルあたり一・五〇ドル)引き下げたことなどを直接の要因とする。これらのことがらは、原油価格の暴落によって生じた自国の原油輸出収入の減退を少しでもカバーするために、国際原油市場における自国のシェアを拡大することに産油諸国が必死になっていることをしめしているのである。こうした原油市場での事態にくわえて、ギリシャにおいて緊縮財政に反対する野党が今月の総選挙で勢力を伸ばす可能性があること、このことがEUの金融危機を惹起するものとなりうることが、株価下落を引き起こす要因となったのである。
 株価のこの下落は、株価というかたちをとったバブルがはじけた、言いかえるならば株式市場という場面において、シェール・バブルと呼ぶべき金融的バブルが破裂した、という意味をもつ。原油先物市場での事態と同様に、株価が下落した分だけ、投機資金が消失したのであり、その分だけ信用が収縮したのである。
 ここにおいて、シェール・バブルという金融的バブルの第三の面をなすジャンク債、つまり債権市場という場面が問題となる。
 「ジャンク」とはガラクタや紙くずという意味であり、ジャンク債とは、ハイリスク・ハイリターンの債権、つまり低格づけのデフォルトリスクの高い債券のことである。
 リーマンショックの後に、この危機を引き起こす要因となったサブプライム住宅ローン・バブルの時のCDO(債務担保証券)とよく似たCBO(社債担保証券)が、リスクを分散化するために開発されたことを契機として、ジャンク債市場の規模はこの七年間で二倍となり、二兆ドルに急膨張したという。CBOとは、リスクの高い債券を束ねて、破綻時に優先的に返済するものを高い格づけにし、破綻したばあいに返済しないものを低い格づけにするというように、格づけごとに輪切りにした債権のことである。
 アメリカのエネルギー企業は、当初はシェールガスを生産するために、そしてこれが採算割れとなった後ではシェールオイルを生産するために、ジャンク債市場で多額の資金を調達してきた。二〇一四年十月末時点で、エネルギー企業が発行するジャンク債の総額は二九七二億ドルとなり、五年前の約三倍に達しているという。市場全体に占めるシェアからしても、十年前には四%にすぎなかったものが一六%にまで急拡大しているという。
 サブプライムローン・バブルの膨張とその破裂は、アメリカにおけるサブプライム住宅ローン債権が証券化され世界中に売りさばかれたことにもとづく。この債権が一・三兆ドルの規模に達していたのに比するならば、エネルギー企業のジャンク債は約三〇〇〇億ドルというようにその規模は小さいとはいえ、CBOというかたちで世界中にばらまかれているという意味では、その構図は同じである。しかも、その債権の動向が株価をつりあげる役割を果たしているという面にかんしては、両者は同様なのであるが、今回のシェール・バブルは、原油先物市場という全世界にひろがる巨大な市場でのその価格の高騰をみずからの契機とする、という意味では、サブプライム住宅ローン市場を基盤としたバブルとは比べものにならないほどの、深さと大きさと広がりをもつのである。そして今、その原油先物市場という場面において、バブルが破裂しているのである。
 今回の、原油価格の下落と、これに連動した株価の下落にかんしては、原油先物市場・株式市場・ジャンク債市場の三者を措定し、シェールガス・オイル生産の技術的および経済的構造を基礎にして考察されなければならない(シェールガス・オイル生産の技術的および経済的構造にかんしては、拙著『ロシア・中国の変質と反スターリン主義』を参照されたい)。
                            二〇一五年一月六日